お問い合わせフォームからご連絡いただき、初めて当店にお越しいただいたお客様より、スーツ2着、ジャケパン、シャツという複数アイテムをまとめてオーダーをいただきました。今回は、その中で先行して仕上がりましたネイビーブレザーとパンツの事例をご紹介いたします。 お客様との出会いは、ご来店いただく約1年前。ご自身の求める服の「耐久性と本質」について深く検討され、当店と丁寧なメールでのやり取りを重ねていただいたことが今回のオーダーの始まりとなりました。
ご来店前の事前ヒアリング:1年にわたる検討
お客様は、服の耐久性や構造について深く検討されているご様子でした。ご来店まで約1年間、じっくりとご検討いただいた上で、メールにてお問い合わせとご返答を重ねさせていただきました。
耐久性に関するお問い合わせ
最初のお問い合わせで、お客様は製法(ビスポークとMTM)の違いによる「耐久性の差」について質問されました。 「同じ生地で仕立てた場合に長く使っていくと考えた時の耐久性にはどのような差があるのでしょうか?」 これに対し、当店からは、製法の違いが耐久性に直接的な影響を与えるわけではないという考えを、以下のようにご説明いたしました。
- 製法の違いは、「見た目と着心地、動きやすさ」に表れる ビスポークとMTMの違いは、一から型紙を作成するかどうか、そして手縫いであるかどうかであり、両者の違いは主に見た目と着心地、動きやすさです。
- 耐久性を左右するのは、「生地選びとメンテナンス」 「ビスポークだから長持ちする、MTMだから長持ちするということではなく、どちらを選ぶにせよ、長く着られる丈夫な生地を選ぶことが重要である」とお伝えしました。さらに、長く着用できるかどうかは、着用頻度や着用の仕方、メンテナンスの仕方によって変わるという点も補足いたしました。
再度のご相談と具体的な検討
最初のお問い合わせから約1年後、お客様から改めてご連絡をいただきました。 この際、英国のフォックスブラザーズの『Classic Flannel』やハリスツイード、スペンスブライソンといった具体的な生地メーカーの取り扱いについてお問い合わせいただきました。併せて、ダブルスーツ、ダブルジャケット、パンツ単品の価格と納期についてもお尋ねになり、複数アイテムでのオーダーを具体的に検討されていました。また、裏地・本切羽などのディテールが基本価格に含まれるかといった、詳細な価格条件に関する質問もいただきました。
最適な進め方のご提案
お客様が複数アイテムをまとめてオーダーされたいというご意向を踏まえ、当店からは、「最初にスーツを作り、その仕上がりを確認した上で2着目以降を仕立てる」という進め方をご提案いたしました。これは、「1着目の経験を2着目以降の改善に活かせる」というオーダーメイドの利点を最大限に引き出すためです。 お客様はこの提案に対し、「その進め方のほうが魅力的だ」とご賛同くださり、ご来店予約をいただきました。
ご来店時のヒアリングと生地のご案内
ご予約日にご来店いただき、いよいよ本格的なお打ち合わせとなりました。 ヒアリングの結果、お客様はお仕事でスーツやジャケットを着用する機会はないものの、ファッションとしてクラシックな装いを非常に好んでいらっしゃることがわかりました。 今までは他店でオーダーをされていましたが、「さらにクオリティの高い一着を仕立てたい」とお考えになり、様々な情報を調べた結果、当店のホームページに行き着いたとのことでした。弊社の考え方や理念をじっくりお読みいただき、そこに強いこだわりを感じたため、「きっと良いお店だろう」とご判断いただき、最初にお問い合わせをされたという経緯を伺いました。この背景から、ご来店までの約1年にわたる綿密なご検討につながっていたことが理解できました。
生地のご紹介と決定プロセス
事前ヒアリングで具体的なご要望をいただいていたため、当日は、お客様の検討を進められるよう、フォックスブラザーズの『Classic Flannel』やハリス・ツイードのバンチをご用意してお迎えしました。比較対象として、英国製とは異なる趣のイタリア製ソフトフランネルもご紹介しました。お客様にご覧いただく中で、イタリア製のようなソフトで軽い風合いよりも、英国製ならではのコシとハリのあるフランネルがお好みであることが明確になりました。
ジャケット・パンツの生地とデザインの決定
そこで、お客様の好みに合わせ、フォックスブラザーズの『Classic Flannel』のバンチを改めてじっくりとご覧いただきました。その結果、以下のジャケパンの生地とデザインが決定いたしました。
- ジャケット: ネイビー無地で、クラシックなダブル6つボタンのデザイン
- パンツ: グレー無地で、ワンプリーツのベルトレス仕様
この生地とデザインの決定を元に、採寸とフィッティングへと進みました。
採寸&フィッティング
生地とデザインをお決めいただいた後、採寸とファーストフィッティングに移ります。採寸でお客様のサイズを把握した後、ゲージサンプルをご試着いただき調整箇所を細かく確認させていただきました。
ジャケット
まずは46サイズをご試着いただきました。 全体的にサイズは大きいものの、ボタンを留めるとフロント部分が突っ張ってしまうという現象が見られました。また、ボタンを外した状態ではフロントのラインが外側に広がり気味になっていました。
横から見ると、ジャケットの裾(ヒップ付近)に生地の余りが見受けられました。このヒップの余りは、サイズが大きいことも影響していますが、フロントの突っ張りを含めた複合的な要因を検討する必要がありそうです。
両脇部分には、いわゆる「ハの字」に入るシワが見られました。このシワは、ジャケットの肩の傾斜(角度)に対して、お客様の肩の傾斜の方が下がっている(なで肩気味である)ために起こる現象です。肩先が下がることで斜めにシワが入っている状態でした。

次に、サイズを下げて44サイズをご試着いただきました。 44サイズは、全体的なサイズ感としては良さそうですが、ウエスト周りの寸法が不足していました。また、サイズを下げたことで、前回も見られたフロントのラインが外側に広がる現象(フロントの逃げ)がより顕著に現れました。さらに、横から見るとジャケットの裾(ヒップ付近)に依然として余りがあることが確認されました。
これらの「フロントの逃げ」「ウエストの不足」「ヒップの余り」という一連の現象は、お客様の姿勢が、上半身がやや前方へ傾き、腰の位置が前方にある特徴をお持ちであると分析しました。この体型的な特徴を踏まえ、この後の仮縫いでは補正を加えます。
パンツ
続いて、パンツも44サイズのゲージサンプルをご試着いただきました。 後ろ姿を確認すると、ヒップの下に生地の余りが見受けられました。これは、パンツの後股上(腰から股にかけての縦の寸法)が、お客様の体型に対して長すぎるために起こる現象です。 特に、腰の位置が前方にある特徴をお持ちの場合、このように後ろ側に余りが出やすくなります。お客様の体型にフィットするよう、この余り(後股上)の寸法を削る調整を仮縫いで行うこととしました。
ふくらはぎには当たりが見られ、パンツのクリースライン(折り目)が外側に逃げていました。これは、前から見た際にも裾付近に同様に外へ向かうシワとして現れていました。より綺麗なシルエットでお履きいただけるよう、このふくらはぎの当たりに関わる部分も調整を加えて仮縫いを行うこととしました。
仮縫いフィッティング
採寸と体型分析に基づいて組み上げた仮縫いの服をご試着いただき、最終的な補正箇所を確定させます。
ジャケットの調整

仮縫いをご試着いただいた結果、ゲージサンプル試着時に見られたフロントの逃げや突っ張りは解消に向かいましたが、まだ微調整が必要な状態でした。 残る課題として、正面から見ると、フロント部分が型紙の設計以上に外側に開いてしまっており、また、横から見た画像でもジャケットの裾が前下がりになっていることが確認されました。 仮縫いの段階では、腰の位置が前方にあることによって現れる現象を解消するための調整を行いましたが、本縫いでは、これに加え、フロントの逃げと前下がりを調整する補正を施すことで、理想的なバランスを目指します。
ヒップにごくわずかながら当たりがあることを確認いたしました。 これは、仮縫いでフロントの突っ張りを軽減すべくジャケットの打ち合いを出し、その分、ヒップが余らないようにヒップ詰めを施したことによるものです。そのため、このわずかな当たりを解消すべく、本縫いではウエストと打ち合いをさらに出し、ゆとりを持たせる調整を施します。
肩周りについては、ゲージサンプル試着時に見られた肩の傾斜の不一致が原因で生じていた両脇の「ハの字」のシワは解消に向かいましたが、まだ微調整が必要な状態です。 また、ゲージサンプル試着時はお客様の肩傾斜に合っていなかったために見られなかった襟の付け根の下のシワ(つきシワ)が、今回の仮縫いで肩傾斜を体に合わせて補正したことによって新たに現れました。 これは、体型にフィットさせようと調整を進めたからこそ見えてきた現象です。仮縫いの状態から肩傾斜の補正をさらに強めていくことを考えると、この「つきシワ」を解消するための補正は必須となります。この点も本縫いに向けた修正に加えました。
パンツ
続いて、パンツの仮縫いをご試着いただきました。 採寸時の体型分析で腰の位置が前方にある体型で後股上が余っていることが分かっていたため、仮縫いでは後股上を削る平尻補正(ヒップ周りの余りを取り除く補正)を施しました。 しかし、その結果、ピンで摘んだような余りが依然として残り、ゲージサンプル試着時と比べても大きな変化が見られませんでした。補正値の不足も一因ですが、それだけが原因ではないと考え、詳細に分析を行いました。
この原因は、ゲージサンプル試着時にわずかにお尻が食い込む現象が見られたため、仮縫いで尻ぐり出し(ヒップと股下ラインのカーブを調整する補正)を行ったことにあります。平尻補正を行うと、型紙の操作上、前股上が深くなるという影響が生じます。この深くなった前股上が下がることで、尻ぐりを出した分が後ろで余りとして出てしまっていることが分かりました。
この相互作用による課題を解消するため、本縫いでは尻ぐり出しの補正をやめます。その上で、尻ぐり出しによって生じていたゆとり分を考慮し、平尻補正の数値を増やしてお作りすることにいたしました。
また、ゲージサンプル試着時に確認したふくらはぎの当たりと、それによるクリースラインが外側に逃げる事象についても、仮縫いで改めてチェックしました。どちらの現象も概ね解消に向かっていますが、わずかにふくらはぎに当たりが残っている状態でした。 この残った当たりは、腰の位置が前方にあるお客様の体型とも関連しているため、ピン打ちのように本縫いで平尻補正を増やすことによってもさらに解消されると判断しました。加えて、お客様のご希望のシルエットが保てる範囲で裾幅をわずかに太くすることで、ふくらはぎの当たりを解消するように調整いたしました。
仕上がり紹介とお客様の声


長期間にわたる検討と、綿密な採寸・仮縫いを経て完成したジャケパンをご試着いただきました。 仮縫いで調整した結果、肩傾斜による脇のシワや、上半身の前傾姿勢によるヒップの余り、フロントの突っ張りといった課題は大きく解消され、お客様の体に美しく収まる完成度の高い一着となりました。
なお、今回の試着で着用されているシャツは、お客様の私物です。ジャケットの袖丈は、同時にオーダーいただいたシャツの仕上がりを仮縫い時にご確認いただき、最適な長さで調整を完了しています。
お客様からは、一見して「すごい!」「気に入った!」といった目立つリアクションはありませんでしたが、仕上がりについてお尋ねしたところ、「イメージ通りに仕上がった」という、静かながらも確かなご評価をいただきました。 さらに、「今までお作りのオーダーと比べていかがですか?」という問いには、「今まではここまで細かく調整していなかった。こんなに細かく調整してもらったのは今回が初めて」とのお言葉をいただきました。お客様の言葉と表情からは、当店の調整技術と、服の本質を追求する姿勢にご納得いただけたことが伝わってまいりました。
続けて、次に製作に取り掛かるスーツについて「仮縫いはどうされますか?」と質問したところ、「仮縫いはいらないと思います」と即答されました。この迷いのないご返答から、一着目の仕上がりにご満足いただき、当店の技術力を信頼してくださったことが分かりました。
Y様、この度はありがとうございました。長くご愛用いただけるジャケット&パンツになれば幸いです。 制作中のスーツ2着と追加でご注文いただいたシャツの仕上がりも楽しみにお待ちいただけたらと思います。
オーダーに関するご相談、お問い合わせ
今回のオーダーのように、生地をご指定いただいた上でのご要望や、複数着のオーダーご希望の場合の制作の進め方についてのご相談も喜んでお受けいたします。 遠方にお住まいのお客様や、すぐにお越しいただくことが難しいお客様も、どうぞ遠慮なくご相談ください。距離に関係なく、最善の方法を考え、対応させていただきます。メールでの詳細なヒアリングや、綿密な打ち合わせを通じて、お客様にご納得いただける仕上がりを目指すプロセスをご提案いたします。 お客様の細かなご要望と体型に真摯に向き合い、当店で仕立てる一着がお客様にとって特別なものとなるよう、精一杯お手伝いさせていただきます。まずはお気軽にお問い合わせくださいませ。














