私が自分用にオーダーしたスーツをご紹介させていただきます。私は毎シーズン膨大な数の服地を生地メーカーさんからご紹介いただきます。その中から自分好みの生地を見つけるために実際に生地に触れながら質感や肌触りを確認し、仕立て上がりを想像しながら生地を選んでいます。この生地だったらデザインはダブルかな?これだったらシングルかな?など、仕上がりをイメージしながらの生地選びは至福の時間です。
DRAPERSの限定コレクション『GOLDEN SELECTION』
今回私が選んだ生地はドラッパーズのGOLDEN SELECTION(ゴールデンセレクション)に収録されている超軽量な3者混フランネルです。GOLDEN SELECTIONは毎シーズン発表される限定コレクションでシーズン毎にコレクション内容が一新されます。ひとシーズン限定ということもあり、その時々の旬を捉えた素材感や色柄が収録されている正に『今を感じる』コレクションで毎シーズン私が楽しみにしているシリーズです。
今回のGOLDEN SELECTIONの中で私が一番惹かれたのが210gの超軽量フランネルです。私は今までたくさんのフランネル生地を見てきましたが、フランネルでこの目付けは初めてみました。一般的にフランネルは真冬用の起毛された厚手の素材ですが、それらとは真逆の軽量でしなやかな風合いのこの生地は従来のフランネルのイメージを覆していると思いました。メーカーさんから生地を見せていただいた時、「これ、本当にフランネルなんですか?」と質問したほどしなやか風合いです。このギャップに惹かれ、「これを逃したらもうこんな生地に出会えないかもしれない」と思い、他の生地を見る前に即決しました。
色はネイビー、ブラウン、ベージュでどれにするか悩みました。私はこの生地を見た時、アルマーニのようなドレープのある優雅でリラックスしたスーツを仕立ててみたいと考えていました。そのイメージを具現化する為に最終的に淡い色目のベージュを選びました。
超軽量フランネルでスーツを作成
一般的なフランネルは素材の特性上、気温がぐっと下がり始める12月頃から2月ぐらいの3ヶ月間に活躍します。季節感を演出できる魅力的な素材ですが、着用期間が限られるので興味はあるものの今まではどうしても触手が伸びませんでした。私が選んだドラッパーズのフランネルのコンポジション(生地の組成)はウール88%・カシミア6%・シルク6%の3者混。1メートルあたりの生地の重さは何と210g。一般的な冬用のイタリア製フランネルは340g前後が多く、それらと比べると圧倒的に軽量です。210gという生地ウエイトは盛夏用生地をも凌ぐ驚くべき軽さです。クラシック感や温かみのある雰囲気といったフランネルの長所は残し、軽さと薄さ、美しい艶という今までのフランネルにはない要素を取り入れた服地です。そして、控えめな起毛なので秋の初めから春先までの長い間、着用できます。私が探していたのは正にこんなフランネルです!
私が自分用にオーダーしたスーツ
仕上がったスーツを見た瞬間、「案外、普通のフランネルスーツっぽく見えるな」と思いました。でも、袖を通した瞬間、その考えが変わりました。とにかく軽い!『軽さ』は服の特徴を説明するうえでよく使われる言葉ですが、それまで私が体験してきた軽さとはまるで次元が違う『圧倒的な軽さ』です。まるでジャケットを着ていないような感覚です。どんな着心地に仕上がるか楽しみにしていましたが、私の期待を遥かに超える驚きの軽さでした。
私のこだわり
このドラッパーズの生地を見た時から、この素材の特徴は軽さだと思っていたので、それを最大限に引き立てる仕立ての方法についてイメージを膨らませていました。あえてクラシックなスーツに仕立ててギャップを楽しむのも良いですし、アンコンにして軽快感を表現するのも魅力的です。色々考えていると迷ってしまい、実は2~3日、悩みました。この迷う時間が楽しいんですけどね!最終的に私が選んだのは芯なしのリラックスした仕立てです。以下、私がこだわったポイントについてお話させていただきます。マニアックな内容もありますが、できるだけ分かりやすくお伝えさせていただきます。
芯なしの軽快な仕立て
素材の軽さをダイレクトに感じられるようにジャケットは芯地や肩パッド、裏地を使用しない軽快な仕立てにしました。厳密には背中心や裾などのパイピング部分と袖裏には裏地を使用していますが、それ以外は一切使用していません。副資材をなくすことで210gの軽い生地を肩からかけているような感覚を体で感じることができます。因みに袖裏なしが基本設定ですが、起毛素材のフランネルで尚且つ、インナーにニットを着ると滑りが悪く引っかかってしまうので、あえて袖裏は付けました。
風に揺らめく優雅でリラックスしたスーツ
生地と仕立てが軽量で着心地も軽快であることはお話したとおりですが、言葉だけではご想像いただきにくいと思います。少しでも軽快さをお伝えできるように動画を作成しましたのでご覧になってください。サーキュレーターの風が当たる度にジャケットが揺らめいていますが、よく見ていただくと胸のあたりまでひらひらと揺らめいているのがお分かりいただけると思います。ジャケット全体が風で揺らめくほど軽い仕立てで作成しました。「アルマーニのようなドレープのある優雅でリラックスしたスーツ」を私なりの表現で具現化しました。私がアルマーニを始めとするイタリアブランドに心酔した学生時代は今よりもゆったりしたフォルムの服が全盛でしたが、その雰囲気をイメージしつつ今の時代に即したサイズ感に仕上げました。
完全な芯なしでも見た目はサルトリアのジャケット
軽い着心地のジャケットは気分的にもリラックスして過ごせるので、芯なしの軽量仕立てをスーツジャケット問わず私は積極的に取り入れています。とは言えカジュアルすぎるのは好みではないので程よいドレス感を大切にしています。気楽で寛いだ雰囲気と着心地を楽しみつつ、芯なしでも仕立ての技術で胸のボリュームやフロントボタン付近のキレイなロールが出るようにMTM(パターンオーダー)でも当店オリジナルの型紙を作成しました。(芯なし仕立ての詳細はこちら)
ふっくらした立体的な袖付け
袖付けの際、アームホール(身頃が縫い合わせっている脇部分)よりも大きな円周の袖を縮めて袖付けをします。この縮ませることをイセと呼び、イセ量が多いほど運動量が確保されるので動きやすいジャケットになります。今回の私のスーツは通常のMTMよりもイセ量を増やした他、イセを入れる位置も変更しました。通常イセは袖の前後に入れますが、今回は後ろのみイセを入れるポイントを高くしました。こうすることで後ろだけ袖が前振りになって腕が前に出しやすくなるのに加え、前側のポイントは変えていないのでゆとりが前に押されてシャツ袖の表情がより鮮明になりました。これも当店オリジナルMTM型紙の特徴です。今回はミシン縫いで袖付けを行いましたが手縫いのような柔らかな着心地と雰囲気で大満足の仕上がりです!マニアックですみません。(笑)
サルトリアの雰囲気を盛り上げるハンドのフラワーホール
襟穴(フラワーホール)はハンドで仕上げました。これは『ティアドロップボタンホール』と呼ばれるナポリ地方によく見られる技法で、特殊な芯糸を用いた立体的で動きのあるボタンホールです。リラックスした着心地を楽しみつつ、どカジュアルではないサルトリアの雰囲気を表現したかったので、手縫いの風合いを感じる装飾的なディテールを取り入れてみました。
ボタン1個の軽快な袖口
リラックスしたジャケットやスーツをオーダーする時にはジャケットの袖ボタンを1個にするのが私のこだわりです。これはフィレンツェのサルトで見かけるディテールで初めて見た時に「おっ、いいな!」と思い、以降、自身のオーダーに採用しています。袖ボタンは4個の重ね付けが一番クラシックな雰囲気ですが、個人的にはボタンの数が少なくなると袖口が軽くなって軽快感が出ると思っています。今回私が選んだ生地と仕立ての相性を考慮して軽やかな袖口を演出しました。
コーディネート
続いては私が実践しているタイドップのコーディネートをご紹介させていただきます。私はこのスーツを着る際、ドレッシーな雰囲気になりすぎないように心掛けています。具体的にはシャツとタイの素材感や色柄に気を配り、あまりフォーマルな素材や色柄を選ばないように意識しています。
ストライプのタブカラーシャツ×グリーンのペイズリータイ
ブラウン☓ブルーのオルタネートストライプのタブカラーシャツにグリーンのペイズリータイでVゾーンに立体感とアクセントを取り入れました。タイはシルク100%ですが、サテンのような艷やかな素材だとドレッシーさが強まってスーツの素材感と合わないので、艶のないマットな質感のものをセレクトしています。足元もビットローファーで寛ぎ感を添えています。
白シャツ×ガルザのストライプタイ
白シャツを用いたオーソドックスなスタイルも好きなスタイルです。『ベーシックなアイテムこそ素材にこだわる』とはよく言われることですが、私もそれを実践しています。シャツはトーマスメイソンのコットン&リネンでタイはシルクのガルザ(メッシュ)です。ともに春夏のイメージが強い素材ですが、近年はリネン混の秋冬のツイードが数多く見られるようになり、秋冬にリネンを積極的に取り入れることが増えてきました。ソフトミルド(控えめな起毛)のフランネルのリラックス感とリネンやガルザタイのリラックス感は好相性で、きちんと見えつつ寛いだタイドアップスタイルを楽しんでいます。
白シャツ×ガルザのブラックのペイズリータイ
上のスタイルと同じ白シャツを用いたスタイルです。タイはシルク100%のガルザタイです。基本的な考え方は先程のスタイルと全く同じですが、こちらはテンションの上がるパンチの効いたコーディネートです。無地スーツ☓白シャツのシンプルコーデにはこのぐらい強いタイもキレイに収まります。ベージュスーツにブラックのタイという色合わせも意外性があって個人的には大好きです。
ライトフランネルのスーツを着て感じたこと
袖を通した瞬間、圧倒的な軽さに驚きました。全くと言っていいほどジャケットの重量感を感じません。まるで雲みたいな不思議な感じです。生地自体が薄くて滑らかなので肌触りが心地よく、軽さと相まって1日中着ていてもノンストレスです。当初は薄手の生地なので「シワになりやすいのでは?」と心配していましたが、長時間椅子に座ってのデスクワークやお客様の採寸時に屈むという動作を行った日でもそれほどシワにはなりませんでした。最初は少し気を使って着ていましたが、取り扱いにそれほど神経質になる必要がないと分かったので、気持ちの面でもリラックスできて仕事への集中力が高まります。
そして、「210gの目付けは冬だと寒くないのか?」ということも気になっていました。確かに軽量な生地ですが起毛してあるので通常の梳毛ウールよりはウォーム感があると感じました。真冬でも室内は空調が効いていて暑いぐらいの時もあるので、むしろこのぐらいのフランネルのほうが快適に過ごせそうです。真冬でも外に出る時間がそれほど長くなければ問題なく着られそうです。ただ、寒さが厳しい場所に行くときや長時間外にいる時には他のスーツを選んだほうが良いとも思いました。このあたりは状況に合わせて使い分けですね。
今回も楽しくオーダーすることができました
今回は私が自分用に仕立てたスーツについてご紹介させていただきました。私は普段お客様にご紹介することが多い立場ですが、自分用にオーダーをする時はお客様と同様に生地から仕立ての方法やデザインまでを色々と考えます。私の場合はマニアック度がすぎますけどね。(笑)私が自分用にオーダーする際に考えていることをご紹介することで少しでもオーダーでスーツを仕立てる楽しさをお伝えできればと思っています。これからもたくさん作ります!(笑)
この生地で仕立てたスーツに袖を通した時に感じた軽さは、私が今までオーダーしたスーツの中でダントツでした。この心地よさを一人でも多くの方に味わっていただきたいと思います。ご興味をお持ちいただけましたら、是非実際に生地に触れてみてください。きっとお手持ちのスーツの中で一番軽快な一着になる筈です。生地に関するご質問やご相談、サンプルの下見も喜んで受けさせていただきます。気になる点がございましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
DRAPERS 『GOLDEN SELECTION』 Light Frannel
wool 88% cashmere 6% silk 6% 210g