今回は、私が自分用にオーダーしたビスポークスーツをご紹介します。毎シーズン、膨大な数の服地を生地メーカーさんにご紹介いただく中で、私にとっての至福の時間は自分好みの生地を見つけるプロセスです。 実際に生地に触れ、その質感や肌触りを確認しながら、「この生地ならダブルがいいかな?それともシングルかな?」と、仕上がりを具体的にイメージしながら生地を選んでいく。この時間がビスポークスーツを作る上での大きな楽しみなんです。
DRAPERSの最上級スーツコレクション『Greenhills』
今回、私が選んだのはドラッパーズの「グリーンヒルズ」コレクションです。これは4年ほど前に発表されたSuper160'sシリーズが、この度Super180'sへとアップグレードされたものです。実は、前作のSuper160'sシリーズで仕立てたスーツを3年間愛用しているんですが、そのカシミアのような肌触りが本当に気持ちよくて、着ていてとにかく快適でした。(厳密にはウールとカシミアは違いますが、それほど滑らかだとご理解ください。) それだけでなく、長時間デスクワークをしても袖やパンツにシワがつきにくく、パンツの膝もほとんど抜けないんです。耐久性と防シワ性にも優れているから、高級素材なのに気を遣わず安心して着られるので、仕事に集中できる。総合的に見ても、本当に満足度の高い生地でした。
新グリーンヒルズへの期待
そして、今回アップグレードされたSuper180'sの生地を実際に触ってみると、肌触りが前作よりもさらに滑らかになっているのに驚きました。加えて、生地のハリコシも前作より増したように感じ、「これは前作以上に満足度が高まるぞ!」と確信しました。前作以上の着心地が味わえると思うとワクワクが止まらず、すぐに新グリーンヒルズでのオーダーを決めました。色については、ベージュとグレーで少し迷いました。ベージュは高級素材ならではの上品な色合いが魅力的だし、王道のグレーは素材の良さがぐっと引き立つ魅力があります。最終的には生地と仕立ての良さを最大限に引き出し、渋みのある着こなしを楽しみたいという思いから、王道のグレー無地を選びました。
グリーンヒルズの魅力とビスポークスーツへの決断
グリーンヒルズはSuper180'sの超極細原毛を使用しています。14.5ミクロンという通常では考えられない細さの原毛を使用していてウール100%ながらカシミアのような手触りです。カシミアの原毛は15ミクロンぐらいなので、正にカシミアに匹敵する極細原毛を使用した最上級のウールです。ドラッパーズのコレクションの中で最上位に位置するスーツ生地コレクションです。一般的に細番手ウールを用いたスーツは型崩れしたり生地がヨレたりしやすいですが、グリーンヒルズは経糸緯糸とも双糸使いで適度なハリコシがあります。耐久性と防シワ性に優れているのでそのような心配はなく安心して着られる上、抜群に仕立て映えします。230gという目付けは秋冬にはやや薄手と思われるかもしれませんが、ウールの質が高いので保温性に優れているので冬に着ても薄さや寒さを感じません。秋冬を含めた通年スーツとして一年中着用できます。
生地との出会いとビスポークへの確信
最初に生地メーカーからグリーンヒルズの新作サンプル(5cm四方ほどの小さなもの)を見せてもらった時、その上質さに惹かれオーダーを決めました。しかし、後日現物の生地が届き実際に触れてみると、想像以上のハリコシ(反発力)に驚きました。滑らかな質感でありながら適度なハリコシがあることで、生地自体にふんわりとした膨らみ感があることに気づきました。この「膨らみ感」のある生地は、イセ量を多く取る手縫いのビスポークと非常に相性が良く、「ビスポークにすれば、きっと味のある雰囲気に仕上がる」 と直感しました。当初はMTM(パターンオーダー)で仕立てる予定でしたが、この生地の特性を最大限に引き出すために、迷わずビスポークでの作成を決断しました。
私が自分用にオーダーしたビスポークスーツ
仕上がりを見た瞬間、圧倒的な仕立て映えとオーラに思わず見とれてしまいました。同時にあまりの美しさに「着るのが勿体ないな」とも思いました。(勿論、着ますけど。笑)生地の柔らかなドレープと膨らみ感が絶妙にマッチしていてまさに私の狙い通りの仕上がりでめちゃめちゃイイ感じです!これだけ滑らかな質感なのにふんわり立体的な仕上がりになるのは凄いと思います。生地の特性を最大限に活かして仕立ててくれた当店のビスポークの職人の小島氏に感謝です。圧倒的な仕立て映えでオーラがあって大満足の仕上がりです!!
ビスポークが叶える私のこだわり
自分だけの型紙を一から作るビスポークスーツは、体にフィットして着心地がいいのが一番の魅力です。同時にオーダーの自由度が高いことも見逃せません。MTM(パターンオーダー)ではできないような細かなことも、ビスポークなら形にできるんです。あれこれ想像するのが好きな私にとって、この「自由度の高さ」はすごく大きなメリットでした。今回はナポリ独特の2面体型紙、カーブさせたゴージライン、シャツ袖の表情を強めたマニカカミーチャ、そしてグルカパンツなど、普段から考えていたことを全部詰め込んで作りました。こうやって自分のイメージを形にしていく過程は本当に楽しいんです。仕上がりを待つ間もワクワクが続いて、最高の気分でした! 私がこだわったポイントは、少しマニアックすぎるかもしれませんが、できるだけ分かりやすくお伝えします。
ビスポークで選んだ「2面体」仕立ての理由
ビスポークスーツを作るにあたり、私が最もこだわったのが「2面体」での仕立てです。これはジャケットの身頃を作る際のパーツの数を指します。一般的なジャケットのほとんどは、3つのパーツで構成される「3面体」という手法で作られています(上画像のネイビーのジャケットがそれにあたります)。しかし、私のビスポークスーツ(画像右)には、ポケットの下に縫い目がありませんよね? これは、ジャケットの前身頃が脇まで一つのパーツで、脇から背中の中央までがもう一つのパーツ、という構成の「2面体」だからです。この手法は、特にナポリのサルト(仕立て屋)が作るジャケットによく見られます。
では、この2面体と一般的な3面体では、どんな違いが生まれるのでしょうか。ナポリのスーツはバスト部分のダーツが裾まで一直線に伸びています。私が今回作ったビスポークスーツも同様です。このダーツを裾まで貫通させる目的はバスト部分に豊かな立体感を出すこと。そして、この効果を最大限に引き出せるのが2面体の型紙なんです。今回選んだグリーンヒルズの生地が持つコシや膨らみ感、そして手縫いならではの柔らかな表情を最大限に活かすためにも、私はこの2面体仕立てにこだわりました。
ビスポークだからこそ追求できたフロントカット
ビスポークスーツでは、細部にわたるまでこだわりを反映できます。今回仕立てたスーツでは、ジャケットのフロントカットの形状にこだわりました。この部分のわずかな違いが、スーツ全体の印象を大きく左右するからです。フロントカットには、一般的に緩やかなカーブを描くラウンドカットと、ダブルジャケットによく見られる直線的なスクエアカットがあります。カーブが大きいほど軽快な印象を与えます。私が選んだグリーンヒルズの生地は柔らかなドレープが特徴です。この生地の持ち味を最大限に引き出すため、職人の小島氏と入念に打ち合わせを重ね、フロントカットのカーブを通常よりも強めにしました。これにより、生地の柔らかな雰囲気が活かされ、全体の印象もより優雅で軽やかなものになっています。このように、ビスポークスーツでは生地の特性や好みに合わせ、細部にわたる調整が可能なのでオーダーする楽しさが倍増します。
ビスポークで追求したマニカカミーチャによる袖付けの表情
ビスポークの最大の利点はイセ量を増やせることです。袖付けの際、アームホール(身頃が縫い合わせっている脇部分)よりも大きな円周の袖を縮めて袖付けをします。この縮ませることをイセと呼び、イセ量が多いほど運動量が確保されるので動きやすいジャケットになります。イセをたっぷりと入れて肩先のギャザーの表情が強く出るマニカカミーチャで味付けをしました。ややこってりしたディテールですが、今回はプレーンなグレー無地を選んだのであえてアク足しをしました。
手縫いで際立つ 私だけのゴージライン
ジャケットの上襟と下襟の繋ぎ目をゴージラインと言います。手縫いの表情をより強く出したかったので 今回のビスポークではこのゴージラインをカーブさせました。ビスポークの場合、上襟と下襟を生地のクセ取りをした上でイセを入れて手縫いするのでMTMに比べるとゴージラインは曲線になりますが、それよりもカーブが強くなるように職人の小島氏にお願いしました。
糸選びで楽しむビスポークの奥深さ
しなやかな風合いのグリーンヒルズは都会的な表情が魅力だと思います。そのクリーンな表情に粗野な雰囲気を足して手縫いの温かみや味を出したかったのでハンドのダブルステッチにしました。とは言え、やりすぎるとくどくなるのでステッチ糸の太さについて職人の小島氏と打ち合わせを行いました。クリーンで繊細な表情の生地なので生地の表情を活かしつつ、程よいクラフト感が出るようにやや細めの糸をセレクトしました。ステッチ糸の種類まで選べるのはビスポークならではの楽しみです。個人的には艶やかな生地の表面感と手縫い糸の凹凸が絶妙にマッチしていると思っています。どうでしょうか?
ビスポークで楽しむ グルカパンツの私流アレンジ
私はMTMで作成するパンツは全てサイドアジャスター付きのベルトレスにしています。 今回は折角ビスポークするのでMTMではできないデザインを楽しみたいと思いグルカパンツにしました。 グルカパンツは5㎝ほどの幅広の腰帯(ベルト)のものが多いですが、エレガントなグリーンヒルズの雰囲気を壊さないように腰帯4.5㎝にしました。僅か5ミリの差ですが結構雰囲気が変わりますよ。ベルトの金具はアンティーク調のものを探してもらいました。ほのかに退色した感じがあって良い雰囲気です!
ビスポークで味わう 手縫いのディテール
タックにはハンドのカン止め、ベルト部分にはシームホールを取り入れました。ハンドのカン止めはジャケット・パンツのポケット口にも導入しました。イタリアのサルトに見られるディテールを各所に取り入れてビスポークの雰囲気を存分に味わいたいと思います。
S字カーブで叶える理想のパンツシルエット
人間の下半身はヒップが膨らみ膝に向かって細くなり、ヒザからふくらはぎに掛けてまた膨らんで足首に向けて細くなっています。この曲線に合わせて生地のクセ取りを行うことでご覧のようにS字のカーブを描くパンツに仕上がります。こうすることで足の膨らみに干渉しにくくなるのでクリースラインが真っすぐ落ちてキレイなシルエットになります。これも私が楽しみにしていたビスポークならではの手法です。
Vゾーンで遊ぶ 私流スーツスタイル
続いては私が実践しているコーディネートをご紹介させていただきます。私は無地のスーツを着る際、平面的な印象にならないようにVゾーンに立体感や躍動感を演出するコーディネートを心掛けています。具体的にはシャツとタイのどちらか、あるいは両方に柄を取り入れることを意識しています。
ストライプのタブカラーシャツ×ペイズリータイ
グレースーツを落ち着いた雰囲気で着こなしたい思いがあったので、コーディネートはネイビーのストライプシャツにグリーンのペイズリーのプリントタイをセレクトしました。タブカラーシャツにセッテピエゲのタイをギュッと締め込んでエレガントでクラシックなVゾーンを演出しました。芯なしのセッテピエゲのタイはスカーフのようにヒラヒラと揺らめくので、クラシックな着こなしの中にも遊びや色気を取り入れられます。
クレリックシャツ×大柄タイ
こちらもタブカラーシャツとペイズリータイを合わせたコーディネートですが、より躍動感が出るようにシャツをクレリックにしました。タイは薄いオリーブベースにブルーの草木模様のような柄が入っていて遠目にはペイズリーのようにも見えるユニークなデザインです。落ち着いたグレーのスーツで軽やかなスタイルを楽しんでいます。
白シャツ×パネルストライプタイ
王道の白シャツを合わせたスタイルも楽しんでいます。この合わせの時に私が意識していることは強い柄のネクタイを合わせることです。強い柄とは存在感あるとか主張があるといった意味合いです。この場合はグリーン☓グレーのパネルストライプのタイをセレクトしました。スーツとシャツがベーシックな無地なのでネクタイが映え、グレースーツに白シャツという基礎的な組み合わせながら華やかな印象に仕上げることができます。
白シャツ×ブラックタイ
続いては白シャツにブラックベースのタイを合わせたモノトーンスタイルです。モノトーンコーデは単調な印象になりがちですが、強い柄のタイをセレクトすることで躍動感が生まれてVゾーンが立体的に見えます。とてもシンプルなスタイルですが色の濃淡の付け方で華やいだ印象になります。
グリーンヒルズのビスポークスーツを着て感じたこと
このスーツを初めて着た時、まず驚いたのはその圧倒的な軽さと柔らかさでした。薄くしなやかな生地が、まるで肩から背中にかけて優しく包み込んでくれるようです。それでいて、袖やバストにはしっかりとした膨らみがあり、生地のハリコシの良さも同時に感じられます。一般的な柔らかい生地のスーツとは異なり、しなやかなドレープがありながらも、着てみると心地よいハリコシがあるのがグリーンヒルズの特徴だと感じました。
ストレスフリーな着心地とビスポークの相乗効果
直感的に型崩れやヨレを心配せずに安心して着られるスーツだと確信しました。高級素材のスーツの中には取り扱いに神経質になり、かえって疲れてしまうものもありますが、このグリーンヒルズのスーツは取り扱いに神経質になる必要がなく、安心して着られる高級素材のスーツだと感じています。肌触りはとにかくトロトロで、特に肌に直接触れることの多いパンツは格別の気持ちよさです。
さらに、ビスポークで仕立てたことによる仕立てとの相性も抜群です。肩周りや腕周りの吸い付くようなフィット感は非常に心地よく、まるでストレッチ素材の服を着ているかのように、体の動きに合わせて服がスプリングのように伸縮します。ビスポークでは袖付けや肩回りに手縫いの工程を取り入れるため、ミシン縫いよりも縫い目が良い意味で「甘く」、体の動きに合わせて伸縮します。これが豊富なイセ量と相まって、最高に楽で快適な着心地に繋がっているのです。
ハリコシのある他の生地でビスポークスーツを作った経験もありますが、グリーンヒルズの薄くしなやかな特性が、その着心地の良さを何倍にも高めているように感じます。着ていて全くストレスがないので、仕事にも集中できそうです。仕上がってきたばかりですが、既にもう一着作りたくなるほど。まさに「タガが外れそう」な、素晴らしい体験でした。
私がビスポークでスーツを仕立てる理由
今回は私自身が自分用に仕立てたビスポークスーツについてご紹介させていただきました。普段はお客様にスーツをご案内する立場ですが、いざ自分用となると、お客様と同じように生地選びから仕立ての方法、デザインに至るまで、じっくりと時間をかけて考え抜きます。私の場合は少しマニアックに過ぎるかもしれませんが(笑)。私が自分用にスーツをオーダーする際に何を考えているのかをお伝えすることで、オーダーでスーツを仕立てる楽しさが少しでも皆様に伝われば幸いです。これからも、たくさんのスーツを仕立てていきたいと思っています!
グリーンヒルズがもたらす極上の体験
前作と新作、両方でスーツを仕立ててみて、改めてグリーンヒルズ生地の素晴らしさを強く感じました。この生地で仕立てたスーツに袖を通した時に私が感じた心地よさや安心感は、まさに感動モノでした。この感動を一人でも多くの方に体感していただきたいと心から願っています。もしご興味をお持ちいただけましたら、ぜひ一度、実際にグリーンヒルズの生地に触れてみてください。きっとその魅力に感動していただけると確信しています。生地に関するご質問やご相談、サンプルの下見も喜んで承ります。気になる点がございましたら、どうぞお気軽にご連絡くださいませ。
DRAPERS 『Greenhills』 Super180's
100% super180's wool 230g