当店ではダブルのオーダーを多くいただいており、ダブルが持つ独自の魅力に共感してくださるお客様がいらっしゃることは、私にとって大きな喜びです。この度、そのご期待に応えたいという強い思いから、私が長年温めてきた構想を形にし、MTM(メイドトゥメジャー)の新しい型紙を開発しました。この型紙はシングルとダブルの両方に対応しています。今回は、この新しい型紙をベースに仕立てた私自身のサンプルスーツを例に、そのこだわりについてお話したいと思います。
新しい型紙開発で最も大切にしたこと
新しい型紙を開発する上で、私が何よりも大切にしたのは「これまで当店でオーダーいただいたお客様とのつながり」です。オーダーメイドは、1着目よりも2着目、3着目と回数を重ねるごとに、お客様だけの特別な一着へと進化していくもの。もし、全く新しい型紙に変わってしまったら、これまでお作りいただいたお客様の貴重なデータが活かせなくなってしまいます。それは絶対に避けたかったことでした。 そこで私は、お客様一人ひとりのデータを引き継ぐ方法を模索し、肩傾斜と前後バランスは従来の型紙を踏襲するという結論にたどり着きました。これにより、お客様の大切な体型補正データを活かしながら、新しい型紙ならではの着心地の良さを存分にお楽しみいただけます。
新型紙に込めた「2面体」へのこだわり
今回の型紙開発で私が特にこだわったのが「2面体」での仕立てです。これは、ナポリのサルト(仕立て屋)が手がけるジャケットに多く見られる私が長年憧れてきた手法です。一般的なジャケットの多くが3つのパーツで構成される「3面体」に対し、2面体は前身頃から脇にかけてを一つのパーツで仕立てる手法です。 この手法は、当店のこだわりであるナポリスタイルを追求する上で欠かせないものです。一般的な3面体では、バストのダーツが腰ポケットの上までですが、2面体では、バストのダーツを裾まで一直線に伸ばすことができます。これにより、豊かな胸の立体感が生まれます。この美しいシルエットをMTMで実現したいという一心で開発を進めました。※2面体の詳細はこちらでご紹介しています。
袖付けの秘密
新たな型紙では、これまでとは異なる新しい袖付けの手法に挑戦しました。ジャケットの袖は身頃の腕を通す穴(アームホール)よりも大きな円周の袖を縮めながら付けていきます。この縮める分量を「イセ」と呼びますが、MTMの限界までイセ量を増やすことで、私自身が着ていても「これは違う!」と感動するほどの動きやすさと着心地の良さを実現しました。
加えて、イセを入れる位置にも工夫を凝らしました。前側のイセ位置は変えずに後ろ側のイセ位置を袖山の頂点方向に高くしたのです。この変更には以下の3つの目的があります。
①袖山のギャザーを際立たせる
袖が前へ押し出されるような独特の形状になり、ナポリスタイル特有の「マニカカミーチャ」と呼ばれるギャザーが際立ちます。
②腕の動きやすさを向上させる
袖が前振りの形になるため、腕を前に出しやすくなります。後ろのイセ位置を前(袖山の頂点方向)にすることで袖が前位押し出されるようにあるので袖が前振りになります。そうすることで腕を前に出しやすくなり、着心地が向上します。
③美しいシルエットを生み出す
左が新型紙、右が従来の型紙です。新型紙では、袖の後ろ側に自然な膨らみが生まれるように工夫しました。これは、前側のイセの位置は変えずに、後ろ側のイセの位置を高くすることで実現しています。この特徴的な後ろ袖の表情は、ナポリのスーツに多く見られるもので、機能性と美しさの両方を追求した結果です。
このように、新しい型紙は、袖付けのポイントとイセ量を変えることで、機能性と美しさの両方を追求し、まるで職人の手仕事のような特別な一着をMTMで実現できたことは私にとって大きな喜びです。
理想の肩線へのこだわり
(写真右が新型紙、左が従来の型紙です。)
ナポリのジャケットは、肩線が後ろに振られているものが多いです。これは、前から見たときに肩線が見えないことで、よりエレガントな印象を与えるためです。このエレガントな印象に憧れ新しい型紙でもこの特徴を取り入れようと試みましたが、実際に型紙を作成してみると、そのバランスの難しさを痛感しました。最初のサンプルでは、ナポリスタイルを忠実に再現しようと肩線を大きく後ろに振ってみたのです。雰囲気は良かったのですが、実際に着てみると想像以上にカッチリとした印象でした。タイドアップしたスーツとしては理想的でしたが、ジャケット単品での着用など多様な着こなしが求められる現代のスタイルには、ややドレスに偏りすぎていると感じたのです。 そこで私は、従来の型紙と最初のサンプルの肩線のちょうど中間で再びサンプルを作成しました。何度も肩線の振り具合を考え直し、「これだ!」と思える絶妙なバランスにたどり着きました。このほんのりと後ろに振られた肩線は、ナポリのクラシックな香りを漂わせつつ、現代の様々な着こなしに自然に馴染みます。
シャープなシルエットを生むダーツの視覚効果
(写真左が新型紙、右が従来の型紙です。)
新型モデルでは、ウエストダーツを斜めに入れるという小さな工夫にもこだわりました。実際に型紙を比べてみれば一目瞭然です。このわずかな違いが着てみると大きな効果を生むのです。タイトにせずとも、適度なゆとりを保ちながら、ウエストラインをシャープに見せてくれます。この抑揚のあるシルエットは、着る人の色気を引き立ててくれると確信しています。
新型ダブルのこだわり
ここからは新型紙と併せて新たに開発したダブルブレストのこだわりについて詳しくお話します。今まで当店でダブルのスーツやジャケットをオーダーいただいたお客様からお聞かせいただいた感想やニーズ、そして私自身が着たいと思うものを形にしました。
ゴージ位置と角度の再考
当店のベストセラーモデルは、ゴージ位置と角度をやや低く設定し、直線的なラペルでクラシックな雰囲気を特徴としていました。多くのお客様にご支持いただいたモデルですが、時代の空気を取り入れ、オンオフ問わず着られる汎用性を追求した新しいモデルを開発しました。 この新しいモデルのポイントは、ゴージの位置と角度、そしてラペルの形状です。 従来のモデルよりもゴージの位置と角度を上げ、襟から第一ボタンにかけて緩やかな弧を描くように、ラペルの形状にこだわりました。これにより、クラシックな軸足はそのままに、都会的で洗練された雰囲気をプラスしています。 この変化によって、タイドアップスタイルはもちろん、カジュアルシャツやポロシャツ、ニットを合わせたドレスダウンスタイルにも合わせやすくなりました。
着こなしを際立たせるフロントの立体感
ドレスとカジュアルな装いの境目がぼんやりしてきた昨今、フロントボタンを留めずダブルのジャケットを着ることも増えてきました。フロントボタンを留めずにダブルのジャケットを羽織る際、最も重要になるのがフロントの返りです。ラペルから第一ボタンにかけて描かれる緩やかなカーブに合わせるように、フロントがふんわりと自然に立ち上がるよう仕上げました。そうすることでシルエットが美しく、ボタンを留めない着こなしが映えます。
2WAYでの着こなし
当店では従来のダブルのモデルでは、スタイルとして一般的な6×2(ボタンが6つあり、2つで留める)と、よりクラシックな印象の6×1(ボタンが6つあり、1つで留める)でも着用できるモデルをご用意しています。この2つのモデルは襟の返り位置が異なるので6×2を1つ留めで着たり、6×1を2つ留めで着たりするとボタンを留めた時に突っ張りが出たりなど違和感があります。(別のデザインなので当然ですが) 新型ダブルでは、6×2スタイルを基本にしつつ、6×1でも着られるよう襟の返り位置を調整しました。 どちらの着こなしでも美しく見えるよう設計することで幅広い着こなしがお楽しみいただけるようになりました。
DRAPERS「Greenhills」との再会
今回の生地にドラッパーズの「Greenhills」を選んだのは、私自身が以前この生地でビスポークを仕立て、その魅力にすっかり惚れ込んだからです。 カシミヤに匹敵する極めて細いウールの原毛を用い、糸量を増やしてしっかりと織り上げることで生まれるハリコシは、柔らかな風合いながらシワにも強く型くずれせず、抜群の仕立て映えを生みます。これは今まで私が着てきた柔らかな風合いのスーツの中でダントツです。実は、「新型が完成したら、絶対にこの生地のネイビー無地でスーツを作ろう!」と心に決めていました。極めてシンプルな色柄だからこそ、生地の持つ艶やしなやかさ、そして新型ダブルの立体感が際立つと思ったからです。この生地が持つ普遍的な魅力は、私が求める新しいダブルの魅力を完璧に表現してくれました。
あなただけの「理想の一着」を共に
MTMの魅力は、既製品にはない「自分らしさ」を追求できることです。このコラムでご紹介した新型ダブルのこだわりを、まずはご試着で体感してみませんか? 言葉だけでは伝えきれないシルエットの美しさや着心地の良さを、ぜひ店頭でお確かめください。お客様のライフスタイルや好みを丁寧に伺い、この素晴らしい生地と技術を最大限に活かした、あなただけの特別な一着を仕立てるお手伝いさせていただきます。どうぞお気軽にお問い合わせくださいませ。